母からの手紙

今月末、キャンプに行くのに寝袋が欲しくて

実家にないか母にメールした。

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父は大学時代、ガチの山岳部で山が大好きで、私が小さい頃、家族でよく自動車に乗って山に登ってキャンプをしていた。

当時、裕福ではなかったし、キャンピングカーなんて持っていなくて、

普通の乗用車に今のようにハイテクなキャンプ用品ではなく、重くかさばるテントやキッチン用品を乗せて、妹と私は裏がツルツルの運動靴で山に登ってキャンプしていた。


父はADHDで、小学校3年生まで漢字が書けなかった、と祖母から聞かされた記憶がある。

普通学級は続けられらなくて、特別学級?(この名称であっているかはわかりません、ごめんなさい)

にいった方がいいのではないか?というところまで状況がいったのだが、

小学校3年生の時にとても素晴らしい先生に巡り会えて、漢字もかけるようになり、授業も受けられるようになり、普通学級にそのまま通い続けることができたのよ、と祖母がドラマチックに語ったのを記憶している。

少し大げさに脚色しているかもしれないなあ、とも思うのだけれど、一度集中してしまったらとことんハマる父の性格、衝動的な部分もあったり、変に抜けている部分もたくさんあったので、嘘ではないだろうなあ、とも感じている。(真相はどうかわからないけど)

普通の運動靴を子供に履かせて、こんな山を登らせる俺らを、みんな頭がおかしいって思うだろうなあ。

と父はよく言いながら私たちを山に登らせていた。

当時、妹は幼稚園の年長、私は小学校1年生で登った山は北岳。

日本で2番目に高い山である。

そして北岳で終わらず、一夏で1週間くらいかけて、第2、第3の山を登った記憶がある。

本当に無茶苦茶なやり方だったよなあ、と思うけれど

当時はそんなに嫌でもなかった。

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話が脱線してしまったけど、

昔の寝袋で良かったので、ないかな?と母にメールをした。

一つ残っているから送る

と母から連絡があってありがたく送ってもらう。


本当は私が取りにいった方がいいのかな?と思ったけれど、

今、実家は家の修復やらなんやらで

母の気持ちが落ち着かず、来られるよりも送った方が気が楽とのことだった。


昔の母は、そうゆう風に断ることが苦手な人だったと思う。

断ることができない代わりに、私に向けられる言葉や態度がとても辛かった記憶がある。


断る能力は、本当に大切で必要なことで、それができないとエネルギーがねじ曲がって大変なことになる。


今は、断ってくれるので、母も私もとても楽になっている。


一緒に送ってもらった寝袋の中に

母の手紙とカンズメや保存食も一緒に入っていた。

とってもありがたい。

手紙が

とても良かった。

内容は私の仕事のことキャンプのこと

自分たちの近状

出来るだけ元気に生きて、迷惑をかけないで生きていく

ということが書かれていた。

それを読んでいるだけで

私は本当に胸がいっぱいになって

泣いてしまった。


普通の家族の

なんて事のない

ちょっとしたいい話だけれど

私たち家族が

ここまで来るのに

たくさんのことがあった。

ということが。


私の家族への傷は

去年の年末から今年の初めが最後の一番のピークで

今は嘘のように気持ちが穏やかで変化している。


ぱっと見

よくできた普通の家族に見られることも多かったし、

いろんなことがあっても表に出ることがなかったわかりずらい何かもあった。

私が結婚にあまり積極的でないのも

家族を持つことはとても辛いことだ、という傷からくる信念もあった。

(それだけじゃないけれどね)


それがここまで来たことに

本当に感慨深くて、何度も感動してしまう。

感動に慣れない。


家族との関係でずっと苦しんでいた頃の私に向かって何も知らずに何か言ってくる人たちを見て

何も実情を知らないから言えるんだな、

私の家族もこの人から見えるように平和なものだったらどんなにいいだろう?

と思ったこともあった。

または、今だからわかるけれど

その人も辛くて、それを頑張って乗り越えてきたからこそ

当時乗り越えられなかった私を見て

許せなかったんだろうな、とも。


家族だからって言葉は

状況によっては呪いの言葉にもなる

人はどんなに恵まれているように見えても

抱えているものはみんな違うし

持ってはいけない、とされている感情も持ってしまうこともある。


実際、ヒーリングで来られるクライアントさんの中でも

ご自身のお子さんに対する思いや

ご両親に対する思いを

語っていかれる方も多い。


その感情を出すことで

感情もエネルギーなので

出した時点で、流れができて変わっていく。


その今ある現状のものが出てきたら

次にもう少し奥にある過去の記憶も出てくることもあるし

記憶にないものもたくさんある

ただの感情、原因が分からないものもある。

それも出していく。


深いものほど

何度も何度も出てききて

まだあるの?

と思われるかもしれないけれど

出すたびに流れていく。

(その感情に薪をくべて再燃焼しない限り)


ヒーリングは

そのエネルギーを浄化してお掃除をしていく作業を手助けする。

そうやって

エネルギーがクリアになって

ニュートラルになるたびに

変わっていく


呼吸が深く

生きやすくなってくる


たとえ

ご両親が今この世界にいなくても

一生、自分の望むようになってくれなくても

自分が自分を慈しみ

愛を与えることはできるようになる。

ということを

母の一通の手紙から

そんな思いが溢れました。


なんと、まとまらない文章。

また長くなってしまった。

ここまで読んでくださった方、

本当にありがとうございます。

ʻOluʻOlu

神奈川県横浜市青葉区藤が丘の隠れ家サロンでロミロミとヒーリングをしています